カンヌ受賞作に日本人出演 子ども支援に取り組む24歳
<朝日新聞デジタル>記事 2015年7月15日16時03分
昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞し、6月末から日本で公開されているトルコ人監督の映画「雪の轍(わだち)」に、素人の日本人が出演している。子どもの貧困対策に取り組む神戸市出身の村尾政樹さん(24)は、異国で経験を積もうとトルコに滞在していた間にエキストラに選ばれ、図らずも“パルムドール俳優”になった。
村尾さんは、6月に設立した子どもの支援団体「あすのば」(東京)の事務局長。小学6年のときに母を自殺で亡くし、父と3人きょうだいの家庭で育った。高校を出たら就職するつもりで神戸の商業系高校に進んだが、同世代のひとり親家庭の子と出会い、貧しさや孤立感は自分だけの問題ではないと気付いた。同じ境遇の子の力になろうと決心。ガソリンスタンドと居酒屋のアルバイトを掛け持ちして学費をため、北海道大学教育学部に進学した。
トルコに渡ったのは2012年。未知の世界で自分を鍛えようと大学を1年休学した。遺児を支援する「あしなが育英会」の海外留学研修制度を利用し、トルコ北西部コジャエリにある大学で学んだ。
帰国直前の13年2月、トルコ中央部のカイセリの大学に日本語学科があると聞き、訪ねた。トルコ人教員に「映画に興味は?」と打診されたのがエキストラ。映画スタッフ宛てに顔写真をメールで送り、何度かやりとりを繰り返すと「あなたに決まった」と返信が届き、すぐカッパドキアに来るように指示された。話が出来すぎていると疑い、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督と会い、ネット検索で監督名と顔写真を確認するまで、道中ずっとかばんを抱えていた。
映画は、カッパドキアのホテルを舞台にした家族の物語。村尾さんは、地元で気球ガイドをする横溝絢子(じゅんこ)さん(36)とカップル役を演じた。横溝さんとは初対面だった。3時間16分の上映中に三つの場面に登場し、出演時間は計1分17秒。せりふはアドリブで、主役のハルク・ビルギネルさんとワサビについて話している場面は、カメラが回っているのを知らずに撮影されていたものだ。
「出身を聞かれ、神戸と答えたら『知ってる』と。ハルクさんは1999年のトルコ大地震に触れ、『神戸の復興が励みになった』とも言った」。でも映画に使われたのはワサビの話。「できれば震災の話を使ってほしかった」と笑う。パルムドール受賞はネットで知った。映画は閉塞(へいそく)感漂うせりふが多いが、「日本の若者が外界との接点のような存在」「合間に、日本の客とワサビの利点をブロークンイングリッシュで雑談する場面もある」と書かれた評論を読み、恥ずかしくなった。
ずっと母が亡くなったのは自分のせいだと悔い、常に「何かしなければ」と自身をせき立てていた。自分を許し始めたのは最近で、あすのばの設立と映画の日本公開が重なった。村尾さんは「不思議な縁。映画のような自然体で、次世代の子どもに私が受けた恩をつなげたい」と話している。(中塚久美子)