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村尾政樹のブログ『伝える。』

ソーシャルセクターに勤める26歳の個人ブログ。仕事や活動の記録がメインです。

人を想う気持ちは、あの観覧車から始まった

 北海道小樽市にある観覧車が撤去されるそうです。

dd.hokkaido-np.co.jp

 この観覧車には、深い思い出があります。私が大学2年生の時、借りていた奨学金の活動で小樽の拠点責任者として街頭募金を行った場所が『ウイングベイ小樽』でした。正直、当時の私は街頭募金やボランティア活動にあまり興味がありませんでした。借りていた奨学金の活動をするのは、北海道で出会った仲間と会いたいという理由だけ。

 しかし、ある時に会議で『小樽の拠点を廃止しようと思っている』という提案がありました。その提案は、街頭募金を開いても前回は寄付が2万円程度で今後も大きく望めないだろうという理由でした。私は小樽の拠点が特に可愛がってもらっていた先輩によって久しぶりに開いた拠点だということを知り、また、奨学金を必要とする子どもが小樽にもいるはずで奨学金の存在を伝えるためにも拠点を継続すべきだと意見しました。そして、私が神戸市出身の港町つながりだったということもあって、小樽の拠点責任者を務めることになったのです。

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 結果的に寄付額は約2万円から約75万円まで伸びました。小樽で奨学金を借りていた学生にも声をかけ、一緒に汗を流した学生や小樽で奨学金を借りる学生は後に街頭募金や奨学金の活動で北海道の代表を務めあげるまでになりました。また、ボランティアで参加してくれていた高校生が実はひとり親で育ってきた背景があり、街頭募金はその子が進学するために奨学金を利用するきっかけにもつながりました。

 その街頭募金の最終日。ウイングベイ小樽の人の温かい心遣いをいただき、学生スタッフの私たちは観覧車に乗せていただくことになりました。そして、『私たちが乗った観覧車が頂上に着いたとき、思い切り想いを叫ぼう!』ということになり、何だかワクワクしながら乗車。私は頑張ってくれた後輩や自分への労いの言葉を叫ぼうと考えているうちに、ゴトンゴトンと観覧車は頂上へ。その時、小樽の拠点を開いた先輩は、こう叫んだのです。

 『おーい!〇〇!奨学金は用意したぞー!進路に悩んでいたけど、お金のことなら心配するなー!安心して自分の進路を選べー!』

  何と、先輩は進路に悩んでいた後輩の名前とその後輩への想いを叫んだのです。この叫びに私の心は動きました。この人は、どこまで人想いなんだろう。正直に言ってしまうと、その先輩は器用な方ではありませんでした。不器用でも、一見は"カッコよく"みえなくても、懸命に人を想う姿、これが本当のカッコいいなのかもしれない。なんて素敵な人なんだろう。私も、この先輩の人を想う姿を引き継いでいきたい。そう強く思った瞬間でした。

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 時と場所は変わり、今年6月に色んな人たちと一緒に立ち上げて私が勤め始めた団体で先日2泊3日の合宿を開きました。この合宿には、ひとり親家庭児童養護施設などで育った経験がある、または学習支援や子ども食堂など子どもに寄り添う活動をした経験がある高校生・大学生世代の子どもと若者ら総勢80人が集まりました。学生が考えた全体テーマの『シェアのば~考えよう、一緒に~』は、それぞれの想いを共有し合い、合宿をその想いや声に沿った次の一歩や今後の活動を考えるきっかけの場にしたいという願いが込められています。

 私は学生がつくりあげる合宿の全体ファシリテーターとして関わらせていただきました。どうしても集団で集まる泊りがけの行事には「目的」や「成果」が求められ、合宿全体としての在り方や一体感が重要視されがちです。しかし、今回の合宿は1/80でなく1/1が80集まる場を意識し続け、準備にあたった学生や参加者もその一人ひとりに寄り添う2泊3日間だったからこその場と空間がそこにはありました。いただいた感想や意見や得たことが一人ひとり違うのも、そのような場と空間だった証拠だと感じています。そして、学生は合宿の前も最中も毎日夜遅くまで『どうすれば参加者が話しやすい場をつくることができるか』、『参加者にとって少しでも良いものを持ち帰ってもらえるために私たちは何ができるんだろうか』と話し合っていました。その姿も眼差しも涙も笑顔も何もかもを受け止め、ただ私は学生に寄り添い続ける毎日でした。

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 合宿を終え、プログラムを担当した一人の学生が『一人ひとりの率直な想いに寄り添い、その想いを声にする、共有し合える場が今の社会や普段の生活になさすぎるのではないか』と報告してくれました。参加者には今回の合宿で初めて想いを話す人も多く、逆に、自分の育ってきた背景やその背景にある苦しかった経験・辛かった経験などについて話すこと、または助けを求めることを『しようとしなかった・できなかった』と、その学生は合宿を通して感じたそうです。そこには、社会の課題として経済的な理由から自分が辛い経験・苦しい経験をしても『自分や家庭の問題』としてその想いが埋没されてしまう現状や『どうせ話したって、何も変わらない』というような社会への"諦め"といったリアルへの鋭い視点があります。この想いが埋没されてしまう現状や社会への"諦め"といったリアルは根深く、私たちが取り組んでいかなければいけない大きな課題です。

 他にも、団体を立ち上げて未だ2か月とはいえ今後に改善していくべき団体としての課題も合宿を通して見つかりました。ただ、参加者が解散した後、全体司会を務めた学生が話してくれた『人が人を想う気持ちがつくりあげた2泊3日間だった』という言葉の通り『人が人を想う』ことこそ人や社会が動く最初の一歩だということを改めて胸に刻みたいと思います。そう、あの観覧車で起きた出来事のように。あの観覧車で強く思った気持ちのように。

    私の人を想う気持ちは、あの観覧車から始まったような気がします。あなたの人を想う気持ちは、どこから始まりましたか?