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村尾政樹のブログ『伝える。』

ソーシャルセクターに勤める26歳の個人ブログ。仕事や活動の記録がメインです。

成人式から5年と、6度目の成人式にあたって

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 「例えば、雪の中で倒れている人がいたら『薄着をしているのが悪い』と非難している場合じゃない。僕は『それより先に手を出せ』と声を上げたい」

 5年前の今頃、私はそのような思いで成人式を迎えて現在に至ります。上記の記事は2011年1月に毎日新聞から取材していただいたもの。これは、父親の声も紹介されていて、私が初めて社会に発信をさせていただいたものなので、時折、読み返して初心を思い出しながら大切にし続けている記事です。あの時から、5年。今一度、皆さんにこの記事を共有させていただきます。

今の社会問題の多くは多面的に視ないと実態がつかめない

 先日、父親からメールが届きました。「今年は6度目の成人式を迎えます。自分の成人式、僕の妹の成人式、死んだ妻の成人式、〇〇(姉)の成人式、政樹の成人式、そして、〇〇(弟)最後の成人式です。一人ひとり成人を迎える姿は多種多様で、〇〇(弟)は成人式に出ないと言っています。これが人生で最後の成人式だと思うと、それも良い思い出なのかな、と思っています。」

 最近、まだ自分は良くても家族は未だ渦中なんだなと思うことがあります。私の家庭は父子家庭といえども私の他に姉と弟と重たい障害を抱えた叔母がいて経済的余裕はありません。弟は児童養護施設に預けられ、その後に家庭復帰を果たしますが、成人を迎える今も進路などに行き詰っている状態です。

 所得だけで考えると、私の家庭は貧困家庭ではありません。しかし、記事にもあるように、父親は母を亡くしてからしばらく定時で帰宅しようとすると上司に「慈善事業をしているわけではない」と言われ、父親が朝早くから夜遅くまで必死に仕事をしないと生活が成り立たない状態で、それは今も続いています。

 所得だけでなく、その所得を得るための雇用形態や労働時間がどのような状態なのか、また、子どもが独りで過ごさなければいけない、健康的な食事を十分にとることができない、部活を諦めなければいけないなど「子どもや親にとって剥奪されてしまう時間や体験」も含めて視ようとしないと「子どもの貧困」はしっかりと捉えられない。自分の体験から、そのように講演会で話すことがあります。

 私の母も亡くなった自殺という社会問題も複数かつ複雑な要因が重なった結果の現象だといわれるように、今の社会問題の多くは多面的に視ないと実態がつかめないと思っています。今も心身ボロボロになりながら働き尽くす父親や私よりも幼い時に母を亡くして今も進路に悩む弟など家族のことを思うと、ひとり親家庭や子どもの抱える生きづらさについて更に理解が深まることを心から願っています。

つなぐ・はばたく:親と子の肖像/5 突然の母の自殺/北海道
◇父作る弁当、支えに 痛み受け止め、福祉志す

突然、家族が1人減る。

埋めようのない喪失感の中、残された家族をつないでくれたのは
父のお弁当だったと、振り返って思う。
母が自殺したのは9年前、
村尾政樹さん(20)=北海道大2年=が
小学6年の時の春だった。
神戸市の自宅に学校から戻ると近所のおばさんに呼び止められ、
発見した弟から母の死を聞かされた。
遺体が運ばれた後、家に入ると、台所に買ったばかりの
カレーの材料と魚のフライが置いてあった。
母は1年ほど前からうつ病などを患い、寝込みがちだった。
優しくて料理上手で、幼い頃は甘えていたのに、
最近は無視や非難ばかりしていた。
「僕が自殺に追いやったのかも。」
後悔と自責の念。
友達とばかな話で盛り上がっても、孤独感がつきまとった。
×  ×
会社の貿易部門で働く父の多加志さん(53)にとっても、
妻の死は苦難の始まりだった。
政樹さんを挟み中2の長女と小1の次男。
しばらく定時に帰宅すると、上司に
「慈善事業をしているわけではない。」
と言われ、断腸の思いで次男を児童養護施設に預けた。
夜10時帰宅、朝4時半起床。
「次々と降ってくるボールを拾い続け、
 少し休めばボールの山に埋まってしまう。」
そんな生活だった。
それでも、毎朝の弁当作りは欠かさなかった。
最初の頃は冷凍食品の揚げ物ばかり。
政樹さんは友達に見せるのが嫌で、ふたで隠して食べた。
その気持ちが大きく変わったのは、高1の冬だ。
「写真を撮るぞ!」。
唐突に多加志さんが宣言し、一家で写真館に行った。
あの時から5年、年賀状をずっと出せなかった。
「心配してくれた人に、お礼のはがきを送ろう。」
と思い立ったという。
家族写真に付けた文章に、多加志さんは
「お弁当を持たせることが唯一の絆と思い、
 毎朝作っています。」
と記した。
自分と同じ、むしろそれ以上の痛みを抱えつつ、
懸命に家庭を支えた父。
その思いを知り、弁当は政樹さんの自慢になった。
×  ×
病気や自殺で親を亡くした子を支援する
あしなが育英会」の奨学金を受け、
政樹さんは地元の商業高から北大に進学した。
アルバイトと奨学金で一切を賄う。生活はきついが
「仕送りの金があったら、
 弟にうまい物を食べさせてやってほしい。」
と、母との思い出が少ない弟を気遣う。
将来は、教育福祉に関わる仕事に就きたいという。
自身の体験や、あしながの仲間との交流で芽生えた思いだ。
自殺や貧困は「自己責任」の言葉で片付けられることが多い。
「でも、例えば雪の中で倒れている人がいたら
 『薄着をしているのが悪い。』と非難している場合じゃない。
 僕は『それより先に手を出せ。』と声を上げたい」
じっくり進路の話をしたことはないが、
多加志さんは子供たちに好きな道を歩ませようと決めている。
「今まで涙してきた分だけ、相手の気持ちに立って、
 同じ速さで歩く人間になってほしい。」
父のささやかで、切なる願いだ。
清水健二】
毎日新聞 地方版 2011年01月07日(金)